LOGIN夕食の時間。 このところ毎日さくらちゃんと俊太は、運動会の練習について語って教えてくれる。「玉入れするのー」 と語る俊太。「私も玉入れやるの! にげるかごに玉入れるんだー」 そうさくらちゃんが手を上げて言った。「あー、お手伝いの親がカゴを背負って逃げて、そのカゴに玉入れするんだっけ」 言いながら私は去年見た運動会の様子を思い出す。 最初見たときは驚いたっけ。 玉入れって、固定されたカゴに玉を入れる物だと思っていたのに、カゴを背負った大人が走り回って、それを追いかけて子供たちが玉を入れるんだもの。「そうそう! いっぱい走るんだー」 楽しそうに語るさくらちゃん。 運動会まであと少しだ。 それまでに事態はきっと動いているだろう。 私が夕食のお皿を並べていると、さくらちゃんが身を乗り出して声を上げる。「うわぁ! 今日ハンバーグだ!」「あと、さくらちゃんサツマイモ食べたいって言っていたからさつまいものいももちも用意したの」 言いながら私はいももちがのったお皿をテーブルに置く。 するとさくらちゃんは目を輝かせて感嘆の声を上げた。「いももち? すごーい、おいしそうー」「へえ、サツマイモのいももちですか?」「はい、潰したサツマイモに片栗粉お砂糖や牛乳を混ぜて焼いて、甘いお醤油のたれで絡めました。ちょっと甘いのでおかずっぽくないですけど」 そう私が言うと、東雲さんが首を横に振る。「とんでもないです。おいしそうですねー」「おなかすいたー」 と、俊太が東雲さんに続けて言う。 私はご飯をよそい、皆の前にならべる。 湯気が立つお茶碗に、お味噌汁の椀。「それじゃあいただきましょう」 そう声をかけて、私はエプロンを外して席に腰かけた。 翌週、火曜日。 私は東雲さんに車で送ってもらい、再び秋月弁護士の事務所を訪れた。「お待たせいたしました」 と言い、席に着く秋月さんは今日もなんだか、弁護士と言うよりもマフィアっぽい。「先日の話をもとに、書類を作成いたしました。それで今日はどのようなご用件で?」「あのあと、彼女のマンションや学校の場所を突き止めまして。それでふたりでいるところの写真も撮れたんです」 言いながら私は応接室のテーブルにデジカメを置き、この間、撮影した数枚の画面を表示させて秋月弁護士に見せる。 秋月弁護士
とりあえずふたりが付き合っているという証拠写真は撮れた。 正直気分が悪すぎるけれど。 私は深く息をついて、首を横に振って言った。「これでも不倫の証拠としてはまだ弱いんですよねぇ。部屋から腕組んで出てきただけだし」「あー、ホテルとかから出てきたとかじゃないと証拠にならないらしいですね」 そんな東雲さんの言葉に私は黙り込んでしまう。 二十歳も下の子と……ホテル? あー、考えただけで気持ち悪くなってなんども首を横に振ってしまう。 高校生の時に手、出してないでしょうね? SNS見た感じ、怪しすぎるんだけど。 あまりの気持ち悪さに全身に鳥肌か立つのを感じる。 知れば知るほど、郁人が得体のしれないものにみえてきてしまう。 なんで私そんなのと結婚していたんだろう。 これ人生の汚点になるんじゃないかな。 「ホテルかぁ……」 呟いて私は身震いをした。「それはちょっとハードル高いなぁ」「そう、ですね。探偵を雇うのが一番だと思いますが」 それはもっとハードルが高い。だって、そんなお金はないから。 でも何かしらの制裁を彼女にも与えたい。だって私の家庭を壊したんだもの。 郁人だけが背負うのはないと思う。 それにはどうしたらいいんだろう。 そんなの考えてもわからないから、私は東雲さんの方を向いた。「あの、また弁護士さんにお会いできますか?」「えぇ、もちろんです。今日つかんだ写真の事も話して、何ができるのか相談しましょう」 そう優しい笑みを浮かべて言ってくれる東雲さん。 本当にいい人だな。 誰も頼れなくて途方に暮れていたけれど、東雲さんに出会えてよかった。 私も笑顔を作って、頭を下げた。「ありがとうございます」 「あの、有藤さんすごいですね、行動力があって」 そう、感心した様な声で東雲さんが言う。 私は顔を上げて首を横に振った。「え、あ、そ、そんなことないですよ。東雲さんが弁護士紹介してくださったからですよ。それに探偵を雇うお金はないから、自分でやるしかないし」「そう、ですね。探偵を雇うのも高いですし。俺が……」 と言い、東雲さんは言葉を飲み込む。 俺が、何だろう。 何を言おうとしたのかわからなくて、私は東雲さんの様子をうかがう。 彼は私と視線が絡むとハッとした様な顔になり、目をそらして首を振る。 何だか様子
そのあとどこに行くのかとか跡をつける気持ちにはなれなくって、私は東雲さんに頼んで迎えに来てもらった。 申し訳ないと思うけれど、東雲さんは何も言わず、笑顔で子供たちと一緒に迎えに来てくれた。「お買いもの行くんでしょ!」 そう、笑顔でさくらちゃんが言い、手を振ってくる。 私は頷き、助手席の乗りこみながら答えた。「えぇ。今日の夕食はお惣菜中心になってしまうけどいいかしら?」「ぜんぜんいいよ!」 さくらちゃんが言って、俊太も頷く。「ハンバーグ食べたい!」 お惣菜のハンバーグかぁ。それならお弁当屋さんもいいような。 結局、お弁当屋さんに立ち寄ってお弁当を買い、その日の夕飯にした。 その夜。 俊太を寝かしつけたあと、東雲さんに私は呼ばれリビングへと向かう。 お風呂に入ってジャージ姿なんだけど。 デジカメを持って東雲さんのリビングを訪れると、私と似たような部屋着姿の彼が、ソファーに座ってタブレットを開いていた。 テレビから流れているのは、私が好きなしろねこさんのショートアニメ動画だ。 東雲さんは私の姿を見て、爽やかな笑顔を向けてくる。その顔を見るとちょっとドキリ、としてしまう。「有藤さん、すみません、呼び立ててしまって」「い、いいえ。だいじょうぶです。あの、今日の事、ですよね」 言いながら私はキッチンへと向かう。「あの、飲み物用意しますね」「あ、俺がやりますよ」 そんな声が背後で聞こえてくる。 飲み物くらい自分で用意できるし。 そう思って、食器棚からグラスを出そうとすると、背後から私の手首を掴まれてしまう。「あ……」「洗い物が出てしまいますし、紙コップを使います」 そう言って、東雲さんが私の手を止めた。 掴まれたことに驚いて、私は思わずびくり、と震えてしまう。「あ……」 漏れた声に東雲さんも驚いたのか、慌てたように言った。「す、すみません。えーと、俺、飲み物用意しますから有藤さんは座って待っていてください。今の時間はお仕事の時間ではないですから」 早口で言い、東雲さんは棚へと向かった。 私は彼の背中を見たあと、捕まれた手首を見つめる。 なんだろう、手首が何だか熱い気がする。 私は首を横に振って、東雲さんの申し出に甘えることにした。「あの、ありがとうございます」 そう声をかけ、私はリビングのソファーに向か
デジタルカメラを用意して、ウォーキングに見えるようにジャージに帽子を被る。 これで風景写真を撮るウォーキングの人に見えるかしら。 例の女性が私の顔、知らなければいいけど。知っていたらばれるかな。 私の方はあの女性を見た記憶、ないのよね。 だから顔、知られていないと思いたい。 鏡で自分の格好を確認して、私は大きく息を吸う。「あぁ、緊張するなぁ……」 こんなことした事ないしな。 仕事は済ませた。 夕飯は、東雲さんが買ってきてくれると言っていた。 準備万端。 私は東雲さんに、彼女が通う国立大学の近くまで送ってもらった。 時間は三時半過ぎ。 私は大学のそばを散歩しながらその時を待った。 秋の初め。 まだ暑さが残っていて、動いているとじわり、と汗がにじむ。 大学の周辺には木が多く川もあって、私みたいに散歩やウォーキングをしている人の姿も多かった。 私は辺りを歩きながら、時々写真を撮って辺りを見回す。 これで風景の写真を撮る人にみえる、よね? あぁ、緊張する。 大学の四限目の講義が終わるまであと少し。 正門以外にも門があるけど……どこの門から出てくるかな。 彼女が上げていたマンションの部屋の写真を画像検索してみたら、この近くのマンションぽかった。 本当に、今の子って危機感がない。 おかげでどこの門から出てくるか、予測できてしまう。 たぶん正門から出てくる。そこからが一番マンションに近いからだ。 本当に、大学から徒歩五分のマンションなのかっていう確証はないけれど。 辺りの写真を撮って、散歩しながら私はその時を待つ。 四限目が終わるのは確か四時頃。 あぁ、なんか緊張してきた。 なるべく自然に見えるようにしないと。 心臓が口から飛び出してしまいそうな感覚を覚えながら、私は大学の正門が見える所に立って辺りの風景の写真を撮る。 しばらくして、正門から講義を終えたらしい学生たちが出てくるのが見える。 でてくる。 私は帽子を目深にかぶってじっと、正門を見つめた。 指先が震えて、カメラを握り手に汗がにじむ。 どれくらい経っただろう。 デジカメの液晶を見つめて正門の辺りを拡大していると、見覚えのある女性が友だちらしき人と出てくるのが見えた。 焦げ茶色の髪を後ろで縛っていて、茶色のジャケットを羽織っている。 メイクは
この先の方針はこうなった。 郁人にはまず子供の養育費の請求だ。そして婚姻期間中の財産分与。 私としては、とにかく俊太の権利である養育費をきちんともらいたい。 たいした財産はないけど、貰える物はちゃんと貰いたいし。 秋月さんは、クリアファイルの写真を見つめて言った。「養育費と財産分与は問題ないですが、お相手の女性についてもっと調べて裏付けをとらないと、慰謝料請求とかはできませんがどうしますか?」「そう、ですよね」 それはわかっている。 だって、今集めた情報だけだと浮気の証拠としては弱いよね。 郁人の顔が写っている写真がないのよね。 でもあのリテラシーの低さなら顔が映っている写真、どこかにありそうな気がするけれど。「私にできそうなことってなんですか?」「そうですね。探偵に依頼して彼女の身辺調査をするのが妥当でしょうか。幸い学校も本名もわかっていますから、家を特定するのは簡単でしょう」 やっぱり探偵を雇うしかないか。 そう思うと気が重い。だって何十万、ていうお金がかかってしまうからだ。 「と、とりあえずあの、養育費の請求と財産分与の請求をお願いします。それ以外についてはちょっと考えます」 そう震える声で言うと、秋月弁護士は頷いて、「わかりました。それは進めていきます」 と言った。 浮気の証拠、捜すの難しそうだな。 学校に張り込みしてあとをつければ私でも家の場所を特定できるんじゃないかな。 SNSに今日は何限の講義、とか書いていたし。 そう考えていると、隣から声がした。 「あの、有藤さん」 遠慮がちに言う、東雲さんの声だ。「探偵に、調査してもらいますか? 今さらな部分はあるかもしれませんけど」「え? いや……じ、自分でやってみようかな、と思います」 そう力なく笑って言うと、東雲さんは目を見開く。「え? あ、じ、自分で?」「はい。あの、学校はわかっていますし、本人のSNSから何曜日は何限の講義ってわかっていますから。だから学校の出入り口を見張れば家の場所を特定するのは簡単だと思います。それに、郁人と同じジムに通っているみたいだからふたりで一緒にいる所を写真に撮れるかと」「あまりお勧めはしませんが」 そう、秋月弁護士が苦笑して言う。「素人では見つかるリスクもありますし」「そうかもしれないですけど……探偵を
綺麗なビルの一画に、その弁護士事務所はあった。 鏑木法律事務所。数人の弁護士さんが所属する弁護士事務所だそうだ。 そこの応接室に通された私は、びくつきながら椅子に腰かけた。 眼鏡をかけた、スーツ姿の男性が私たちの目の前に腰かける。 なんだかホストみたいな見た目の人だ。 彼は名刺を取り出してニコニコと笑い言った。「初めまして、秋月と申します」「あ、えーと、有藤涼花といいます。よろしくお願いします」 お茶が運ばれてきたあと、秋月さんは私の方を見て言った。「東雲さんから話は伺っていますが、詳しく状況を教えていただけますか?」 静かに語る秋月さんに、私は頷いて自分の私の身に起きた状況を話した。 まとめてきたメモを見て、そのあとスクショを印刷したものを挟んだクリアファイルをバッグから取り出す。 緊張か、別の理由かわからないけれど手がずっと震えている。 「あぁ、それがお相手のお写真ですか?」「は、はい。あの、できる限りスクショして印刷してきたんですが」 言いながら私は秋月さんにクリアファイルの中身を見せた。「失礼します」 秋月さんは私が集めた画像たちを見て、苦笑を浮かべる。「今時ですねぇ。通っていた学校、行ったところ、今の学校、全部のせているなんて。これじゃあ、住んでいる場所もわかりそうだ」「し、信じられない……俺が大学生の頃はそんなの絶対にネットに書かなかったぞ」 そう、呆れたように呟いたのは東雲さんだ。 それは私も同じ気持ちだった。 個人情報をネットに垂れ流しなんて、ありえないと思うもの。 「おかげでいつ彼とどこに行ったのか全部わかってよかったですけど」 そう苦笑いして言い、私はメモを見る。「私には出張とか、ジム行って来たとか言っていた日にデートしてますからね」「こういうの見つかるって思わないんですかねえ」 東雲さんの言葉に、秋月さんは肩をすくめて苦笑した。「そこまで思っていないのでしょうね。意外と世界は狭いのに」 その言葉を聞いて東雲さんは首を横に振り、「危機感ないもんなんだなぁ……」 と呟いた。「そうですね。しかも彼が妻子持ちだとわかっていて、これだもの。呆れると言うよりもぞっとします」 まるで見せつけて自慢するかのように、郁人と撮った写真をアップしていた。 顔は隠しているとはいえ、見る人見たら







